(プレイボーイ2008年11月号、780円・税込)愛すべき伝統誌がまた一つ消えていく。月刊『プレイボーイ』(集英社)がこの号を含めてあと3号で休刊する。次号以降の特集は、「プレイボーイの33年」「プレイボーイインタビュー傑作選」と題し、同誌創刊33年の歴史を振り返ることが決まっており、実質的にはこの「ピカソの女神たち」が最後の新規特集になる。編集者の好奇心と伝達意欲がひしひしと伝わってくる、これだけ力のこもった特集を作れる編集部が解散しなくてはならないとは、残念でならない。
特集「ピカソの女神たち」は、ピカソの没後35周年を記念して、10月4日から国立新美術館(東京・六本木)とサントリー美術館(同)の二カ所で同時開催される「巨匠ピカソ展」(展示内容はそれぞれ異なり「愛と創造の軌跡」と「魂のポートレート」という副題がついている)を目前にして、ピカソの人生を振り返る趣旨のものだ。
特集の骨子となる記事「ピカソが愛した9人の女たち」は、(人によって評価は相当異なると思うが)読後、人間という生き物は、可能性と限界の両方の意味において、いかに豊饒な生命を抱えているのか、驚嘆させられた。ピカソという芸術家は5年や10年に1人も出てこないような異端児であり、傑物であろうが、それにしても人間はこのように生きられるのである。
ピカソの作品については、六本木で明後日から行われる展示会にて楽しんでいただくほかないが、この特集を読んでからいけば、(ある種の色眼鏡をかけて作品を鑑賞することになってしまうけれども、それでもよければ)きっと一段と深く作品を味わうことができるだろうし、記憶にも残るのではないかと思う。
芸術家としてのピカソより、愛と情熱の人間としてのピカソにスポットライトを当てたこの特集を、強く推したい。
今日、私たちはより安全で、便利で、波風の立たない人生を過ごすようになった。小林多喜二の『蟹工船』に現代の格差社会との類似性を見出したり、共産党入党志望者のバイブルとして受け止められたり、さらにはそれをワイドショー(この手の番組はあくまで「ショー」と認識すべきか)のリポーターたちが、他人事であるかのように、「社会現象」「ブーム」(小林多喜二が「ブーム」という言葉のつかわれ様に絶句してしまう)として報じる姿ですら、馬鹿らしく思いつつも許せてしまう、そんな穏やかな時代である。人間・ピカソの情念の触れ幅、深さはいかにもそのような時代の空気の対極にある気がして、人間精神はいかに退化退嬰してしまったものかと、哀しくも空しくもなる。
それにしても、ほとんど重なり合わないはずの他者の生き様を、(非物理的ではあるが)直接的に見たり触れたりする機会をもたらしてくれる「媒介物=メディア(ミディアム)」が、いままた一つ減ろうとしていることを、非常に残念に思う。(出版WEB担当・川村)





















