津村節子『ふたり旅 生きてきた証しとして』(岩波書店)

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(岩波書店、定価1900円+税)「吉村昭と歩んだ五十年、夫も、妻も、ただ、書くことをひたすら利己的に追い求めつづけてきた。夫婦作家の修羅と豊穣の道」とオビにあるように、芥川賞作家・津村節子が書いた、その夫で太宰治賞(なぜこの賞を第一に挙げるかは本書を読めば明らかになる)作家・吉村昭との夫婦伝である。学生時代に文学をかじったことのある読者なら誰もが読後にこう思うだろう。「あのころの文学は良かった」と。

本書はもともと2005年に刊行された「津村節子自選作品集」(岩波書店、全6巻)の巻末に付されていた「私の文学的歩み」を、加筆して一冊にまとめたものである。それゆえか、いわゆるエッセイというよりも、編年体形式で淡々と事実を並べた自伝に近い文体で記されている。が、それが良い効果を挙げている気がする。吉村が舌ガンに蝕まれ、治療の過程で膵臓ガンまで判明する、妻である津村は大きな衝撃を受ける・・・ここでお涙頂戴、といった文章表現が一切、いや、ほとんど省かれていることが、この自伝を魅力的なものにしている。ある意味では吉村昭的な文体で書かれた津村節子の自伝と云えるかもしれない。

津村節子の生い立ちについては、すでに彼女の作品やエッセイに断片的に記されてはいるが、本書には、どの小説(エッセイ)をどんな経験をもとに描いたのか、著者による文中注釈という形で挿入されているので、津村ファンにとっては「自選作品集」をゆっくり読み返すための良い手引書にもなるだろう。もちろん、津村ファンでなくとも、戦前戦中期の女流作家(の卵)の姿は、知られざる戦争の裏面史を明らかにしてくれる面があり、そういう意味では文学とは無関係な観点からも十分楽しめる読み物である。

個人的には、津村が芥川賞受賞を伝える電話を受けた(吉村の弟が電話に出る)ときの、吉村の一言が深く記憶に残った。

「よかったなあ。おい、おれはおまえのヒモになるぞ」

これは、俳句に通ずる端的な文学だと思った。この言葉を反芻するとき、吉村の顔や手振りや空気、温度まで想像が一気に膨れ上がる。この言葉は、吉村自身の正確な言葉か、それとも津村節子が作り上げた文学なのか。これほどの一言が、この一瞬にとっさに発されるほど、文学は奥が深かった。(出版WEB担当・川村)

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