
10月17日付朝日新聞土曜版『be』があがた森魚「赤色エレジー」を切り口に、いまから50年前の1960年代後半の時代状況をふりかえる特集記事を掲載しています。
あがた森魚さんは言わずと知れたシンガー・ソングライター。デビュー作「赤色エレジー」の大ヒットをはじめ、フォーク、テクノ、俳優、映画監督・・・枠にはまらない多彩な芸術活動を40年以上にわたってくり広げてきました。にもかかわらず、「売れっ子」「大御所」という言葉からはもっともかけ離れた存在と言っていいかもしれません。
あがたさんが「赤色エレジー」を執筆したのは、イラストレーター・林静一さんが雑誌『月刊漫画ガロ』に連載(のちに単行本)化した劇画『赤色エレジー』を読んだことがきっかけでした。東京の狭苦しいアパートに同棲する恋人同士の「甘美な夢想とうっとうしい幻滅、不条理な破局を叙情詩のようなタッチで描いた物語」(朝日新聞・保科龍朗記者)は、安保闘争の嵐が去り、高度経済成長が終わりへと向かう、まさに戦後日本の第一の曲がり角ともいえる60年代後半から70年代前半の空虚感、徒労感・・・そういった時代感覚を表現していたのでしょう。
なぜいま「赤色エレジー」なのでしょうか? 朝日新聞の保科記者は記事を「ライブで歌われる「赤色エレジー」に耳を傾けていると、「新たな一歩を踏み出せるよね?」という団塊の世代の無数のつぶやきが、幻聴のように聞こえてくるのである」と締めくくっています。映画「三丁目の夕日」が比較的単純な懐古主義として理解されたのと比べると、この「赤色エレジー」に対する熱い視線(もちろんこれが保科記者の独り言でなければ)、それに小熊英二『1968』(新曜社)が広く読者を集めている今日の現状は、どうも単純な懐古主義とは違う意味を持っている気がします。
「懐かしい」では済まない情動。自分たちが屋台骨となって日本のいまの姿をつくりあげてきた過去を、努力と栄光の日々として単純に肯定するわけにはいかない、第二次大戦直後に生まれた団塊の世代の方々(に加えて、その世代を間近で見ながら少年時代を生きた方々)の心の内。毎日を生き抜き、次世代を育てるという重責からようやく解放された今日このいま、生まれたときから何度も否定批判しながらも、しかしなあなあでつき合ってきた保守与党が突如として完全否定され、思いもかけず一つの時代が終わろうとしているという奇妙な事実。
ついにやってきた本当の意味での「戦後」の終わり。
メモリアルなものとしてでなく、また戦争の記憶が風化するかしないかの時間の区切りという意味でもなく、われわれの明日の生きように直接的に作用するという実質的な意味での「戦後」の終わり。語弊を恐れずいえば、「戦争」とか「天皇」といった遠く離れた存在、狂気と苦痛の記憶を神妙な顔つきで風化させていくことこそが尊ばれた時代が、いま終わろうとしているのかもしれません・・・そして、もしかしたらそれは、あらたな狂気と苦痛の時代のトビラが開かれようとしていることを、意味しているのかもしれません。(K)





















