
福山雅治主演の「坂本龍馬」、本木雅弘主演の「坂の上の雲」がともに好視聴率を記録したり、『もう一度読む山川世界史』『山川日本史』(山川出版社)がベストセラーにランクインしたり、歴史ブームが続いている。経済状況にかぎらず、将来に期待が世の中で過去をふり返ろうという動きが出てくるのはごく当たり前のことだ。
しかし、残念ながら、歴史に学びさえすればだれもがそれを将来に活かして幸せに生きていける、なんてことはありえない。歴史の本質を見抜く力がなければ・・・そうでなかったら少なくとも「歴史の本質を見抜く力をもった人」を見つける力がなければ、間違った活かし方をしてしまうかもしれない。何と言えばいいのか、歴史に対する「洞察力」みたいな感覚が何より大切だ。
でも、そんな力を持ったヤツなんてホントにいるのか? それがいるのだ。
昨年11月に『人生の色気』(新潮社)を上梓した72歳の作家、古井由吉さんである。1971年に「杳子」で芥川賞を受賞、黒井千次さんや阿部昭さんらとともに「内向(=外に対して闘わない)の世代」と呼ばれ、文芸誌『文体』(筑摩書房)を立ち上げるなど文壇をリードしたが、ある時期から連作短編を淡々と書き連ねるスタイルを守るようになった。1997年に『白髪の唄』(新潮文庫)で毎日芸術賞を受けて以降、10年以上も文学関連の受賞を拒否しているため、大きな話題になることもあまりない。が、その研ぎ澄まされた感覚、洞察力は、いわゆる知識人と言われる人びとのなかでも群を抜いていると言っていい。
それがどれほどのものか? ここでは、古井さんからの聞き書き(表紙カバーには書かれていないが、インタビュアーは作家の佐伯一麦さんや島田雅彦さんら)のかたちでまとめられた最新刊『人生の色気』から、いくつかの言葉を抜き書きすることで説明に代えたい。
「作家は、真のタブーを上手く避けながら表現することによって、文章の色気を出してきました。しかし、いまの現実だと、差別語のタブーが表に出てくるばかりで、色気のある表現が消されてしまい、もう無茶苦茶な状況になっています。言葉をなくしたからといって、差別そのものがなくなるはずがないのですが、世間では言葉がなくなれば現実もなくなるという、本末転倒の発想をするようです」
「時代が下るにつれ、個室が行き渡りました。ところが、個室が徹底してくると、個室の中で人が衰えてしまうんです。いざ個室を持ったら、やる気にならなくなるとか。人間は、運命的なものに対する緊張があるかいなかで、生命力が強くなったり弱くなったりします。緊張が抜ければ、生命力が弱まるものです。
「いま、女性の顔が荒れているでしょう。あれは男が悪いんです。女を求める男が少ないからですよ」
「どこの馬の骨ともわからない同士、という気持ちが大事だと思います。それが自由を保障するわけです。似た環境同士でいれば、近親結婚みたいなものです。いまは、異質なものに対する拒絶反応が、世間全体に強いですね。似たもの同士くっついていれば、男女の性的な欲望も衰えますよ。男女というだけでも、本質的には異質です。本当のところ生まれも育ちも、どこの馬の骨だかわかりません。馬の骨同士が交わっているところに自由があるわけです。そうでなければ、人類は滅びるようになっています」
どうだろう、気になる言葉ばかりではないだろうか。新年の抱負をつくる前に、いや、もう抱負をつくってしまった人にも、ぜひ読んでほしい一冊。坂本龍馬も秋山兄弟も知らなくても、古井由吉を読みさえすれば、歴史に照らし合わせていまの時代何が大切なのか、どう生きたらいいのか、深く考えさせてくれるオススメの一冊だ。(K)





















